ktfield’s blog

どうでもいいことについて適当に考察していきます

あなたが日本に来たら気をつけること

海外から日本に訪れる際に気をつけることについて検索してみると、主にアメリカと日本との違いが感じられてなかなか面白い。

 

まず、日本は「安全」

 

銃の携帯は認められてないからね。一部を除いて。

 

自販機の多さが治安の良さを表しているという。なぜならアメリカでは自販機ごと金銭目的で盗まれるのだそうだ。どんな国だよ!知らんけど。

 

あと、現金のやりとりがメイン。デパートなど大型の店舗ならともかく、ちょっとした飲食店でカードが使えるかどうかは日本人でも気になるところ。

 

だから日本円の用意は先にしておく。両替もそう簡単にできるわけではない。またプリベイド式の交通ICカードも推奨されている。ICカードで買える自販機もわりとあるし。

 

その交通機関だが24時間制でないことに注意とある。できればフリーパスのようなものを買うのがお得だとも。

 

ということは向こうは24時間で動いている地下鉄があるのだろう。日本で24時間営業と言えば、最近は飲食店もだんだんやめる傾向にあるものの、コンビニなら結構ある。しかも大抵の物はここで揃う。

 

看板も独特。何せ、漢字・ひらがな・カタカナが入り混じり、ローマ字と英語も混ざっているのだ。しかもバスの停留所レベルになると英語表記は無いに等しい。

 

タトゥはダメ。おそらく温泉が一つの観光目的である海外人にとってはショックではないだろうか。なぜダメなのかは語らないでおこう。

 

あと、旅館に限らず、飲食店でも土足厳禁の場所がある。個人宅に入る時は必ず靴を脱ぐのも当たり前。

 

宿泊施設ではチップは不要。英語を話せる日本人は少ないが、「おいしい」「ありがとう」「すみません」「はい」「いいえ」、1〜10の数字が言えればOKらしい。

 

店員はお客様ごとにつくのではなく、ベルやジェスチャで呼ぶ。麺やスープは音を立てて食べる。

 

公共の場所では物を食べたり、大声を出さないのがマナー。

 

ただし、関西は別。

 

って、オーイ!

 

確かにw

 

電車の中でも関西人はかなりの大声で話すのが普通だし、たこ焼きを食べながら歩くのは文化の一つだ。エスカレーターでは、関東とは違って左側を空ける。4〜6人掛けのテーブルが一般的だ。

 

巨大な地下街があるという表現もいくつか見かけた。アチャラには地下の巨大なダンジョンは珍しいようだ。ウィザードリィは向こうが発祥なのに。

 

人や物を指さしたり、見知らぬ人に挨拶するのは失礼だともある。

 

過剰な店員の「いらっしゃいませ」攻撃に面食らう人も多いらしい。表情が読みにくい日本人が笑顔で大声を出しながらお辞儀をする奇妙さは、日本人だって少なからず疑問なのだから、そういう文化が無い国から来ればかなり奇妙だろう。

 

そう言えば、先日もそう語っている外国人をテレビで見た。

 

その人が言うには、あまりの気持ち悪さに早々に店を出たらしい。またある時、日本人にぶつかったので謝ったら、向こうも謝ってきて、「すいません」合戦が続き、いつやめたらいいのか分からず困惑したと言う。日本人は律儀だと。

 

喫煙場所は決められており、ゴミ箱は少ない。ゴミ箱が無い時は自分で持ち帰る必要がある。

 

病気でもないのにマスクをしている。温水式のトイレと和式型があり、和式は座り方の向きまで説明されている。サマータイムは無くて、四季がある。桜、着物、茶道、芸者、侍文化。

 

観光スポットは常に混んでいるので、早朝に行く方が良い。公共交通機関は大きなスーツケースを置くスペースは配慮されていない。

 

電車の中では足を組まない。誰かの家を訪問する時は、つまらない物を持参する。日本の住所はかなりややこしい。

 

こうやって並べると、日本ってそんなに特殊なのかという気がする。

 

2020年のオリンピックまでにこれらのいくつかは改善されていくのだろう。何でもかんでも海外人向けになる必要はないが、一番の問題は日本人の意識ではないかと思うけど。

 

 

 

 

星野源という人

星野源という人をよく知らない人に向けて、今日は少しまとめてみようと思う。

 

と言っても、そんなに詳しくはないのだけど。

 

ただ、星野源くも膜下出血という大病に倒れてから、いろいろと考え方が変わったらしい。

 

病室の中でひたすら自分と対峙した結果、自分の内なる声はもういいから他の人の声が聞きたいという思いに駆られ、作った曲がSUN。

 

「君の声を聞かせて」が印象的なサビはみんなの心に響き、大ヒット。

 

そこから現在の国民的スターに至る。

 

そんな源さんもこちらの本によれば、

 

いのちの車窓から

いのちの車窓から

 

 

療養中は誰かの声が聞きたくて、別人になりすましてtwitterをしていたという。

 

生きる気力を失い、頭痛に苛まれるためテレビの発する光さえまともに見れず音だけで過ごす病室。

 

がむしゃらに働き続けた男の孤独。

 

今の彼からは想像もできない。

 

さらに本にはこんな文章が載っている。

 

10代から20代にかけて、いつも「ひとりぼっちだ」と思っていた。そのたびに悲しい気持ちになり、周りにたくさんの人がいたにもかかわらず、心はひねくれた。変な理想を掲げ、現実を見ることができず、幸せを感じないように自分を追い込んでいた。

 

「幸せになってしまったら良い表現はできない」などと、己の人間性や才能に自信がない自分を正当化するための、言い訳にまみれた情けない理論を掲げたりした。嫌う必要のないものを嫌い、好きでもないものを好きと言って、人と違うことをアピールしようとした。

 

幸福でありながらもハングリーな表現ができる人が本物だと思うようになり、自分の心に偽りなく好き嫌いを感じられるようになり、誰かに馬鹿にされたら、「そうですか」と笑いながら、こころの中で普通に傷つくようになった。

 

自分はひとりではない。しかしずっとひとりだ。  

 

誰かが手を差し伸べてくれた時、優しくしてくれた時、助言をくれた時、そばにいてくれた時、ひとりではないと思えた時の記憶だけが増えていくようになった。

 

ラジオ番組のあるメールで彼が答えた事を思い出す。

 

30歳近くまで劣等感に苛まれた彼は、ある時内面を変えようと思った。すると周りに素敵な人が増えた。そしていつしか自分もそう思われる存在になったのではないかという。

 

もしかすると、素敵な人はずっとそばにいて気づかなかったのかもしれない。素敵の電波を受け取るには心の余裕が無いと難しい。

 

果たして僕はそんな電波を出しているのだろうか。そして、すでに出ている周りの電波をちゃんと受信できているのだろうか。

 

星野源はそんなことをふと僕に思い出させてくれる素敵な人なのである。

スズメと僕の話

ずいぶん昔の話。

 

ある日、ベランダに一羽のスズメが飛び込んで来た。

 

バタバタした羽音と鳴きわめく声に何だろうかと覗いてみたら、スズメがそこにいた。

 

かなり小さい。

 

子どものスズメだ。

 

どうやら羽が傷ついているらしい。

 

僕はそのスズメを何とかしてあげたいと思ったけれど、まだ子どもだったので、どうしていいか分からなかった。

 

とりあえず水をあげることにした。皿に水を入れてくちばしに近づけてみた。

 

猫や犬のようにすぐに飲むのかと思ったら、スズメは何の反応もしなかった。

相変わらずピーピーうるさい。

 

僕はどうしたものかと考えた。

 

答えは出ない。

 

周りを見てみるとスズメが近くの電線にとまっている。何となく親鳥ではないかという気がした。

 

そういう気がしてくると、なんだか僕が子どものスズメをいじめているような気持ちになった。

 

頼むから鳴かないでほしい。誤解だ。そんな気持ちでスズメを見ていた。

 

お腹は空いていないのだろうか。

 

スズメは警戒心が存外強い。

 

とくに子スズメから見れば、いくら小柄な僕でもとんでもなく大きな生物なのだろう。

 

脅威を感じるのも無理はない。

 

やがて子スズメは鳴き止み、動かなくなった。

 

どれくらいの時間が経ったかは覚えていないけれど、そんなに長い時間ではなかったと思う。

 

結局、何もできなかった。

 

僕は庭にその子を埋めた。

 

あれから何十年も経ったけど、スズメを見ると時々思い出す。

 

このスズメはあのスズメではないのだと。そして、歳を取った今でもスズメを救う自信は全く無い。

 

 

 

Eye of the Stormと星野源と

さてさて、毎日

 

これ

 

 

これ

 

を聞いている。理由は特にない。

 

あえて言うなら、今の自分にとっては心地いいアルバムだから。

 

 

 

MUSICA(ムジカ) 2019年 03 月号 [雑誌]

MUSICA(ムジカ) 2019年 03 月号 [雑誌]

 

 

とアマゾンのレビューなどを読んでみた。

 

そして、これも見てみた。


ワンオク新アルバム"Eye of The Storm"を徹底分析!

 

このアルバムはアメリカの音楽のやり方を全面的に取り入れたらしい。

 

デモも含めれば60曲くらいの中から、いろんなプロデューサーと力を合わせ、選んだ13曲。

 

アメリカ育ちの井上ジョーさんによれば、(気遣いの部分はあるかもしれないけど)英語としては間違っていない。ただし、アメリカ英語とイギリス英語が混じり合い、また歌としてあえて発音を極端にした方がより意味が伝わるというアドバイス

 

マルチリンガルならではの苦悩を踏まえた上での動画だったと思う。それにしてもマルチリンガルシンガーってカッコいいですね。しかも思いやりを感じる人柄の良さがにじみ出た素敵な動画でした。

 

他の動画もなかなか面白いので登録しちゃいましたよ。

 

少なくとも音楽的にも、英語力にも、僕よりは圧倒的に長けている人の話に、きっとそうなんだろうと思いました。(ちなみに井上ジョーさんは漢字はかなり苦手です)

 

TaKaのインタビューを読むと、今までのファンが批判する気持ちも分かっている。でも、ロックは今のアメリカでは勝負できないのだと、向こうのやり方で自分がどこまでできるのかを試したい、夢を目指す気持ちは変わっていないのだと。今はまだまだいろんな事を勉強中なのだと。

 

その意味で、実にいろんな歌い方や声の表情が聞けるアルバムである。

 

僕は以前書いたように、

 

ktfield.hatenadiary.com

 

全くそういう情報も無かったので、日本のファンを大切にしたいという気持ちは分かるものの、時々混じるゆりやんレトリィバァ的な日本語詞は(たとえ伝えたいものがあったとしても)いらないのではないかと思い、洋楽盤も買ってみた。

 

洋楽盤のみunforgetableという曲が入っている。もちろん全英語詞。

 

実にいい。違和感が無い。

 

違和感と言えば、アメリカ人が日本語盤を聞いたとして、英語に混ざる日本語をこれが日本語だと思われると、それはちょっと違うよなと日本人が感じるものに似ているのではないだろうか。

 

英語の発音に違和感があるかどうかは僕には分からないけど、日本語の部分は洋楽っぽく歌っていると思える。外国の人が日本の歌を歌っているような感じだ。

 

まるで、外国の方が「てんぷら」を「てんぷーら」と発音するような、東京が東京でないような、あの感じ。

 

別に日本語としては間違ってはいない。

 

サザンの歌で日本語を覚えるのは相当難しいだろうなという感じの日本語とか。桑田節ってあるし。

 

決して日本語として間違っているわけではないけど、歌に乗せる言葉のリズム。例えば、宇多田ヒカルの独特の乗せ方とか。まぁ、一種の言葉遊びや響き、洋楽にあるような韻の踏み方もそういうものの一種だろう。

 

あえて、それをするなら分かるけれど、日本で出すならサビの部分だけ英語にして、メロディの美しさをアピールする形もあったように思う。

 

まぁ、そう簡単なものでもないだろうけど。

 

そこで、先日聞いた星野源オールナイトニッポンの話を思い出す。それはアルバム「POP VIRUS」の表記について。

 

これをカタカナにすると、「ポップウイルス」と読む。もちろん英語の発音とは相当かけ離れている。しかし、星野源さんはあえてこれをタイトルに選んだ。

 

なぜか。

 

日本ではウイルスという読み方が浸透している。例えば病院に行ってお医者さんがヴァイルスがーと言うとなんだかカッコつけてるみたいに聞こえるでしょ?と。

 

でも、彼はそれこそが洋楽に影響を受けて日本という場所でポップスを作った今回のアルバムにぴったりだと考え、あえてそれをタイトルにしたと。

 

一方で、「Eye of the Storm」というアルバムに何らかの批判をする人は、これからも日本のロックをガンガンにやっていく(と期待した)バンドが過去を否定して、アチャラに行ってしまったような悲しみや不満をぶつけたいのではないかと思う。

 

星野源さんのようにその人が影響を受けた何かを本人のフィルターを通したモノとして聞きたかったのかもしれない。

 

たまたまワンオクに対して、僕にはそれが無かっただけの話だ。

 

ところで音楽というものに対して、星野源さんは自分の曲にはまるで過去の音楽の何々だとか、そういう理論めいた意見より、その曲から感じたそのままの感想が聞きたい、余計な解説はできるだけしたくないと常々語っている。

 

僕のワンオクとの出会いは、前情報が無かったおかげで奇しくもそれに近いものになった。ただそれだけの事だろう。

 

ファンを否定するとか音楽は〜なんて言いたいわけではないけど、僕はどんな作品もできるだけ先入観なく接したいなと思う。

 

でも、例えば僕は星野源さんが作るこれからの楽曲にはそうもいかない。

 

極端に言えば、僕の趣味ではない楽曲を彼が作っても僕はそれを受け入れようとするに違いない。なぜなら、僕は彼が作るモノに興味があるからだ。

 

ある時は、何かの役。何かの文章。何かの言葉。何かのサウンド

 

それは作品をそのまま味わうには、時に邪魔なものかもしれない。

 

星野源 音楽の話をしよう (AERAムック)

星野源 音楽の話をしよう (AERAムック)

 

 

の中で彼はこう語っている。

 

「見る人、聴く人がそれぞれ自分のものにしてくれたほうがいいですよね。作ってる人が自分だけのものにしないのって大事なんだなって。だから自分の作品も、リリースした瞬間に自然と聴かなくなります。誤解されるのもいいなと思って」

 

この意見はわりとモノを作る人から聞く話だ。

 

そう言えば、昔ユーミンは誰が創ったか分からない曲だけどみんなが知っている曲を書きたいと言っていたし、村上春樹さんも文体を感じさせずに誰が読んでも伝わる文章を心がけていると言っていたように思う。そして、作品は自分の手から離れた時からその人の物だと。

 

「天啓」という言葉があるように、まるで人間でない何かが創造したと思える産物がこの世には存在する。

 

もちろんそれは人によって違うだろうが、何でこんなモノが存在するんだという驚きに出会った時、最近ではそれを安易に神と呼ぶらしい。

 

我々が天才と呼ぶ人は孤独である。僕が努力の天才と呼ぶ彼はこう語る。

 

「音楽でも同世代の仲間が全然いなかったから。どこにもハマらない感じがずっと寂しくて。でも30歳になる頃、がんばってどこかに属すのはやめよう、自分の場所を作ればいいんだと思うようになったら、みんなが妙に受け入れてくれるようになったんだよね」

 

でも、その後、恋ダンスブームがやってくる。

 

ファンクラブ冊子である「YELLOW MAGAZINE」によれば、スケジュールの過密さと曲づくりの大変さでかなり精神的にきつかった事がうかがえる。もしもツアー中に体調を崩したら大変な損害が出てしまう恐怖。創作における孤独との戦い。

 

これは現在海外ツアー中のワンオクにもあてはまる事だろう。

 

つまり、浅い考えでアルバムを作ったりはしないという事だと思う。彼らはインディーズではない。メジャーのトップにいる第一集団だ。それでどれだけの人が生活をしているのかと考えれば自明だ。

 

しかし、僕らは単なる音楽の受け手だ。どのようにそれを受け取ろうが自由だ。

 

ただそれを喜んで受け入れている人にあえてちょっかいを出さない節度だけは持っていたい。自分が感じたことをただ優しい言葉で表現する、それだけでいい。

 

「音楽の話をしよう」の中でバカリズムさんとの対談が印象深かった。

 

「劣等感というか、音楽はやっぱ強いなって。お笑いってどうがんばっても音楽に負けちゃうんですよね。音楽には記憶が張り付くから。お笑いの記憶ってネタの記憶でしかないじゃないですか」

 

「ネタの場合は、主役はネタなんですよ。でも音楽は聴いている人が主役になれるじゃないですか。聴きながら、自分を投影して」

 

毎日目に入る風景を僕はまた音楽に練りこんでいく。

 

 

 

ONE OK ROCKと市原悦子さんとー僕と。

今日はみなさんにアンテナが立つ話をしていきたいと思います。

 

まずはそうですね、何から話そうかな。先生は口下手なので、少し緊張しています。

 

たぶんあまり長くは話せないと思いますけど、どうか最後までお付き合いください。

 

覚悟してね。

 

えっ、いえいえこちらの話です。気にしないで。

 

fortuna-movie.com

 

こちらのチラシが駅にあったんですね。

 

うん、映画館の予告では見たことがあります。

 

神木くんがやたらテレビに出てるなと思っていました。子役の頃から見ている彼です。

 

でも、僕の中では彼は子役というよりも、こちらの印象が強い。

 

 

 

 

大杉漣さんを脅す一十一(にのまえじゅういち)。戸田恵梨香さんのこれまでのイメージをぶち壊す意味でも、『ケイゾグ』の流れを組むこちらの作品は衝撃でした。

 

こういう作品はドラマだけで終えて欲しいな。寸止めの良さというか。

 

でも、人気が出れば映画化され、どんどん味がなくなっていくガムになるのはよくあること。

 

作品の世界観を楽しむためのおまけみたいなものとしてシリーズ全部が好きです。

 

で、その映画のチラシがなぜあったかというと、僕が普段利用している電車をロケの一部として使用していたからなんですね。

 

まぁ、そういう何かが少しずつ蓄積されていくとアンテナが立ち始めるわけです。

 

書店に行っても、何となく原作の

 

フォルトゥナの瞳 (新潮文庫)

フォルトゥナの瞳 (新潮文庫)

 

 

が気になって手に取ってみたり、パラパラとめくったり、

 

レジに持って行こうか迷ったり、

 

でも、友達に見られると恥ずかしいし、

 

藤崎詩織かお前は。

 

ときめきメモリアル?Forever with you?

ときめきメモリアル?Forever with you?

 

 

あっ、何でもない、何でもない。先生、時々壊れるから許してね。

 

どうも話が簡潔すぎて申し訳ないですね。

 

でね。

 

でよ。

 

映画観に行ったとか思うでしょ?

 

でも、そうじゃないのです。

 

そういう文脈を推測する能力は文章を読む上で大切にして欲しいです、先生は。

 

CMを見かけました。

 

まぁ、それも何度か見ているはずですけども、同じものを見ていても何も思わないこともしばしばあるわけです。

 

ただ、アンテナがあるとね、ちょっと違う感じで見るわけです。

 

主題歌がいいなと先生は思いました。

 

あっ、もうこの設定いいですか。

 

はい、すいません。

 

ここから全開で行くぞ!拳を振り上げろ!

 

あっ、そういうのもいい?

 

でもね、これが今日の全体を束ねるような感覚なんです。完全感覚Dreamer!かかってこいよ!! 

 

やっぱりやめてください。暴力は反対です!

 

ともかく、その主題歌を調べてみたわけです。

 

なんかいい感じの洋楽だなーと。

 

そしたらよ、まぁもうタイトルからバレてますが、

 

ONE OK ROCKだったわけです。

 

でも、僕はほとんど知らないんですね。

 

あいにくバンド名といくつかの情報くらいしか持ち合わせていない。小学生のお小遣い程度。

 

もちろんこれまで彼らの音楽をちゃんと聞いたこともない。

 

ただ最近、YouTubeのCMで音楽を語るシーンをやたら見るなぁくらいの。

 

そしたら、たまたま

 

Eye of the Storm (初回限定盤)

Eye of the Storm (初回限定盤)

 

 

というアルバムが出たばかりらしい。

 

まぁ、映画も含めて、宣伝すべき時期だからこそ、目にする機会が多いとも言えますが、急に自分の中心に来たというわけです。

 

で、過去の経験からして先入観で避けてきたものに後悔するという事はままあるので、気になった物はかじってみようという気持ちから、アルバムをダウンロードしてみたわけです。

 

とにかくおったまげましたね。

 

そもそも僕は洋楽に関してはかなり疎いので、マイケルジャクソンのあれやQueenのあれを映画で観ても、ほとんど曲を知らないくらい超メジャーな曲すら知らないのですが、

 

生粋の日本人、バリバリ昭和世代のちょっと老眼が入って来た僕からすれば、日本語の上手い外国人が歌っているのかと思うほど洋楽にしか聞こえないアルバムだったのです。

 

きっとファンの人には怒られてしまうと思うのだけど、無知な人間からすればJustun Bieberかと思うほどの違和感の無い英語の発音にびっくりしたのです。(後で調べると、Head Highは同じプロデューサーらしい。オケ録の前にまずはアカペラで歌ったものを録音し、後からサウンドをつける独特の曲づくりだったとか)

 

漫画で言えば、

 

BECK 全34巻完結セット (KCデラックス)

BECK 全34巻完結セット (KCデラックス)

 

 

これは彼らが伝えたい本質から外れることだとは分かっていても、初めて触れた人はどうにも避けようのない感覚かと思います。

 

日本人として海外に挑戦するからこその。

 

でも、それは宇多田ヒカル的な、歌姫ってなんなん論争めいたものだと認識した上で、まぁ彼らにとってはどうでもいいことなのでしょう。

 

音楽を、作品を、楽しむのは自由だ。

 

まぁともかく、僕はゆったりした感じの曲が好きなので、ちょっと調べてみたら、どうも今までのワンオクとは違うのですね。

 

第二章という呼び名から某グループの旧ファンと新規ファンの対立をも連想してしまいますが、ともかく路線変更があったらしいことは間違いないようです。音楽雑誌の中でも新たなステージへの旅立ちだというようなインタビューでした。あれはあれでやりきったのだと。

 

そこで、そのあれとやらを確認するために、一つ前のアルバムのライブ

 

 

を見てみました。

 

どうやら、ファンの間ではこれでもちょっと路線変更したような感じですが、

 

見た感想はと言えば、

 

オラ、ちょっとぶったまげたぞ。

 

何ですかこれは。

 

この熱さは。

 

そもそも僕はロックというものは、ほとんど聞かないし、メジャーポップスが好きなので、語るだけのものを持たないのですが、

 

もし僕が10代ならかなり影響されたのではないかという熱さがそこにはありました。見せ方も上手いし、観客への煽り方もスゴイ。そして、CD音源なんか比べ物にならないくらい歌が上手い。上手いという表現が拙くなるほどに声に表情がある。

 

誰しも好きなアーティストには、思い入れがあるでしょうし、誰が上手いとかいうこと自体ナンセンスですが、素直にすごいなと思ってしまいました。

 

洋楽のモノマネだと言う人もいるでしょう。

 

英語の口で歌う唄と日本語の口で歌う唄と、その両方と。楽器のように奏でる声と、まだまだ模索中のようであることも窺えます。

 

彼らが目標へ向かう真摯さには、ある程度の歳を取ってしまうとまぶしく目を細めてしまう自分もいるわけで。

 

少年ジャンプの王道漫画のような真っ直ぐさを避けたくなる自分もいます。

 

でも、僕はそういうのが好きなんですね。

 

それを認識させられました。

 

光があれば闇がある。

 

光が強ければ闇が濃くなる。

 

でも闇をも作らないくらいのどこまでも光で覆い尽くすような世界に僕は憧れるのです。それを自覚せざるを得ないくらい、彼らは輝いてそこにいました。

 

キレイごとだと批判する人を否定するわけではない。

 

元気な挨拶が迷惑だと思う人がいることくらい分かっている。一方でそれが気持ちいい人もいるのだと否定するのではなく、理解して欲しい。逆もしかり。

 

決して押し付けたいわけではない。押し付けられる迷惑を声高に主張する人や態度に出す人が苦手なだけだ。

 

みんなが平等なわけではない。

 

人は人を差別する。誰かの足を引っ張ることが生きがいのような人もいる。

 

でもそれを行動に出すか出さないか、それでその人が好きかどうかを密かに判断するのが僕。

 

そこまで心が広いわけでもなく、そこまで何かを諦めたわけでもなく、毎日弱くても強くても、とにかく生きていく。みんなもそうだと思いながら。自分の中の光に蓋をしたり、しなかったり。

 

ワンオクのファンだと言い切るつもりはない。

 

まだ、それほどに彼らを、彼らのこれまでの軌跡を知らない。略称で呼ぶなという批判もあるだろう。

 

ただ、今感じたことを今ここに刻む。あなたが好きか嫌いかを聞いているのではなく、僕が心に残ることを書き綴る。

 

これからライブを見る人もいるだろうから、できることなら興を削ぐようなことをしたくはないのだけど、発売から経っているし、TaKaのMC部分の一部を多少中略しながら載せたいと思う。

 

ー『Take what you want』 のMCより

 

今までのONE OK ROCKが作ってきた曲がいろんな人達の背中を押して来たんだったら、これからもそれをやって行くのか。それとも違う方法論でこの先の10年間を突っ走って行くのか。

 

こっから先の10年同じことをやるのかと言われたら僕の中で答えはノーでした。

 

これからのONE OK ROCKは自分達がしっかりと夢に向かって走って行く、そんな姿を見て、ああ自分達も頑張って行かなきゃいけない、背中を押されているなーと。そんな風に感じて欲しいなと心の底から思っています。

 

すごく冷たいこと言うようだけど、ONE OK ROCKがなきゃ生きていけないなんていう、そんな淋しいこと言ってるようじゃ、ぶっちゃけ自分の夢になんか到底追いつきません。

 

なぜなら俺らは俺らのために音楽をやり、自分達のために今日も生きてる。

 

そして今日、この会場に来たあなた達も、同じようにチケットを買って、自分で生きて、この会場まで自分の足でたどり着いてるはずです。

 

とってもわがままなバンドかもしれないし、いろんな言葉をこれからも投げかけるかもしれないけど、絶対に忘れないで下さい。

 

僕たちは、みなさん達と、一緒に頑張るためにバンドやってます。

 

みなさん達に、こんな俺らでも、こんなことできんだぜって、見せるためにバンドやってます。

 

僕らはアイドルグループでも、ボーイズグループでもありません。

 

忘れないで下さい。ロックバンドです。

 

メディアに何を非難されようが、知らない人間に何を言われようが、俺らはこれからも自分達の道を突き進みます。

 

そして、今日ここに来てくれているみなさん達と一緒にみんなが、それぞれ、不可能かもしれないけど、素晴らしい景色を見るために頑張って行けたらいいなと思っています。

 

 ー『We are』のMCより

 

18歳の頃僕らは、いつか自分達が何か変えられると、いつかこの腐った音楽業界を超えてやると、そしてロックがまた再びこの日本に戻ってくること、いや日本のバンドがいつか世界を制するかもしれない、そんな現実を突きつけてやろうと、俺らは誓いました。

 

まだ何も叶っちゃいないかもしれない。でも俺らは諦めない。

 

今日この会場に来ている18歳より上、俺はもう年だから、そんな風な言葉を酔っ払って吐くような奴に、次の曲を贈ります。

 

ONE OK ROCKのライブに来たって事は、そんな感情じゃないものをちゃんと持って、熱い感情を持って来ていることぐらい分かっています。

 

次の曲頼むから一緒に歌ってくれよ!

 

(中略)

 

他の誰かになりたいとか、そんなくだらないこと、絶対に思うなよ!お前らはお前ら自身でしかない。誰かのせいにして自分の夢から逃げるな。自分をよく見ろ!不安を飼い慣らせ!

 

いいかお前らにできることはたくさんある。自分の胸に手を当ててよく考えてみろ。一番したいことは何なのか。それがきっと明日からはみんなにできるはずです。

 

よろしくお願いしますっ!

 

 

さて、

 

熱くなってしまったので、少し頭を冷やそう。

 

夢とは何か。

 

持っていない人。探している人。探したけど、やっぱり見つからない人。見つかって挑戦したけど挫折した人。別の何かを探す人。

 

生きていくとは何か。

 

いろんな思考が錯綜しながら、それが生きていくということなのかと今日もどこかでふと思い、また忘れる。そしてまた誰かを見て思い出す。あるいは誰かのために何かをして生きている実感を得る。自問自答。流される日常があるだけ幸せでないかと思う。

 

自分が中心にいすぎて疲れる。それでいて中心から外れることができない。できたつもりで忘却か回避しているだけ、etc

 

人生の先輩であり、大女優である市原悦子さんの「おやすみ日本」の特番があった。

 

朗読の際に全身に力が入ると、手も足も震えが止まらない。進む病状。

 

そして、病室のベッドの上で最後の、いや最期の「日本眠いい昔ばなし」の朗読が収録された。2018年12月21日。

 

市原さんからの提案で実現した、この貴重な収録に市原さんはこんな条件を添えた。

 

「今回は原稿を読むんじゃなくて、私の言葉で、私なりに話したいんだけどいいかしら?」

 

原稿の無い、頭の中の記憶をたぐりよせながら鳥取の昔話を語り始める。それは6分ワンテイクで収録された『米出し地蔵』という物語。その声は弱々しくも、時折、芯の強さと優しさを感じさせながら、僕を物語の中へといざなう。

 

語りが終わった後、市原さんはこう続けた。

 

「いい話でしょ。ふふふ。わたくし今日はゆっくり眠れると思います。みなさんもよ、きっと。いい夜がきますように。ふふふふ。」

 

あえて気丈にふるまった微笑みを、言葉にはないメッセージを僕は勝手に受け取った。その気持ちに言葉をつけないでおこうと思う。ただただ何かが去来するそれには。

 

自分を生きるとは何なのか。きっと死んでも分からない。誰かがそれに意味を与えてくれる幸せを感じることもその時にはもうできない。

 

強く生きるのは疲れるけれど、誰かが自分の生き方を見ているのだと思えるだけで強くなれる時もある。生きている以上、本当の孤独など存在しないと、僕は思う。そしてもし孤独を感じたのなら、僕は外に出たいと思うだろう。誰かに自分のそんな気持ちを全然関係ない話で伝えたいと思うだろう。そう思わせてくれるのは他人の存在であり、誰かにとってそう思われるような自分でありたい。

 

これからも僕は誰かの心ない言動や偏見をそれなりに受け止め、ある時は誰かを傷つけ、反省し、またある時は誰かの作品や生きる姿に感動し、人の優しさをかみしめ、そんないろんな感情に翻弄されながら、生きていくと思います。

 

それが今の僕の生きているということへの感想です。応援する側だけに回るにはまだ早いと一生思えたらステキなことですね。

 

よろしくお願いしますっ!w 

 

最後まで読んでくれたあなたに、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

あげない勇気 断る勇気

市原悦子さんと樹木希林さんの追悼ロケ番組を先日見ました。

 

そこで希林さんが言っていたのが、プレゼントはいらないという意見。

 

配慮の無いプレゼントは相手にとって迷惑だと。

 

うーん。

 

これはなかなか悩みますね。

 

というのも僕はわりと人に物をあげたいタイプなんです。

 

何か面白いことがあったら人に話したいし、できれば笑わせたい。

 

だからこうしてブログを書いたりするわけです。そういうものの延長でプレゼントも好きなんです。

 

ただし、なるべくなら物が残らないようにとは考えます。すごい気に入ってくれそうな物なら別として。

 

でも、自己満足のためにプレゼントするのは迷惑だとも思います。

 

もらう立場になると、そういう時がありますよね。

 

さらに言えば、僕はもらうと嬉しくなるタイプです。

 

もらうよりはあげる方が好きなのですが、あまりあげすぎると相手がお返ししなきゃいけないと思ってしまうのではないか?と思ってしまってあげるのをやめようと思うこともあります。ややこしい。

 

まとめれば、あげるのは好きだけどお返しはいらないタイプなんです。

 

ただ、人にプレゼントをするのはなかなか悩みますよね。お菓子くらいならともかく。

 

だからこそ、もらった時は相手の選んでくれた気持ちが嬉しいから喜べるのですが、お返しはいらなくとも、相手から先にもらえるのはやはり嬉しいものです。

 

さて。

 

なぜこんな話題をしているのか。

 

今日は。

 

そうです。

 

そうですよねー

 

今日もらう物はまた別の意味を帯びる場合がありますから、大変ですよねー

 

つまり、バレンタインデーは相手が先に渡すわけで、

 

それが嬉しい場合とそうでない場合があるわけです。

 

義理チョコとは違う重さがあるわけです。

 

そして、一ヶ月後にもらった方が返事をするという事になっているのですね、人間界ではw

 

我輩には関係ないことであると言いたいところですが、長く生きているとそうもいかないわけです。ありがたい事に?

 

言う方は決して楽ではないでしょうが、答える方はそれが断る場合だとなかなか大変です。

 

普段からノーと言えるキャラならいいかと言えば、また別でしょう。

 

小学生の頃、チョコの数で競っているような時代が羨ましい。

 

数が少なくなればなるほど重さがずっしりとw

 

という事でバレンタインは嫌いです。チョコも嫌いです。

 

ただ義理チョコは好きですw

 

スゴイぞ菅田将暉!

みなさんはこのドラマをご存知だろうか?

 

www.ntv.co.jp

 

少なくともこのブログより知られている事は確かだろう。

 

菅田将暉、語らなければならないであろう俳優。それは以前にも少し語った。

 

ktfield.hatenadiary.com

 

そもそも菅田将暉については、星野源と同じくオールナイトニッポンのリスナーである。

 

たまたま初回放送を聞き、2・3回目でやめようかと思っているうちに、リスナーとの掛け合いが面白くてズルズルと聞き続けている。

 

そして、いつしか菅田将暉という人について考えることになった。

 

演技はもちろん、歌にも表現力がある。

 

イケメンかもしれないが、僕には劣る。オイ。

 

しかし、僕が惹きつけられるのはその才能だ。

 

ひしめきあう若手俳優の中で彼は飛び抜けた個性がある。

 

ラジオでは弄られキャラを演じ、テレビに出れば気さくな大阪の兄ちゃんが時間内に何枚のパンツを重ね履きできるかなんてアホな挑戦をする。

 

なのに、ある時は好青年、またある時は狂気の人を演じる。

 

そして、昨日の放送。

 

thetv.jp

 

鬼気迫る演技。

 

ほとんど年齢の変わらない学生の中で主演の教師役である彼は、やはり場を支配するだけの演技を見せる。いや見せつける。

 

3年B組が爆破されたというツイートに苦笑した僕は

 

 

金八先生のファンであり、全シリーズを視聴している。

 

語れば長くなるので、長く語るが、

 

田原俊彦近藤真彦、加藤優(役名かよ!)、杉田かおるは少し上の世代になるものの、

 

風間俊介上戸彩濱田岳はどれもインパクト大。

 

何度見てもいいものはいい。

 

たとえ古いと言われても、いいものはいいのだ。

 

ファーストガンダムエヴァンゲリオンドラゴンボールジョジョ

 

バスケを語る時、スラムダンクを読んでいないんだハラスメントなるものがあるらしいが、

 

うざがられてもこの先僕はガラスの仮面の、

 

ktfield.hatenadiary.com

 

伝染るんです。」の、すごさを生きている限り伝え続けるのだろう。

 

読み方は「うつるんです」だ。念のため。 

 

伝染るんです。 文庫版 コミック 全5巻完結セット (小学館文庫)

伝染るんです。 文庫版 コミック 全5巻完結セット (小学館文庫)

 

 

例えば、あなたが「進撃の巨人」が好きだとして、

 

例えば、あなたが「キングダム」を好きだとして、

 

例えばあなたが僕を好きだとして、

 

好きなものを否定されたら悲しくなっちゃったりしませんか?

 

僕のことが嫌いだなんて、僕は悲しい。

 

さて。

 

話が長くなるとは、すでに断っている。すでにここまで時間を無駄にしたのだ、もう少しお付き合い願おう。

 

スゴイのは、風間俊介である。

 

そこへ行くか。

 

行こう。

 

ガラスの少年。兼末健次郎

 

あれはいいものだ。チーン。マクベ。

 

分かる人だけついてくればいい。

 

どんどん置いてくよ。

 

そして、どんどん老いてくよ。

 

オヤジギャグが、なんだ?

 

おやじがオヤジギャグを言って何が悪い?

 

ぐすん。

 

で、ガラスの少年の話である。

 

あれは良かったなー。

 

あれはいいものだ。チーン。

 

名演。

 

先生ー、先生ー!

 

おじさん泣けちゃう。

 

毒親を懸命に励ます家ではいい子、学校では裏ボス。

 

くー、たまらんな。

 

全く内容が無いよう。

 

さて。

 

菅田将暉の話である。

 

キングこと遊戯王俳優、松坂桃李TikTokをチックタックと誤認するお茶目な俳優。

 

この二人、同じ事務所の先輩と後輩である。

 

二人が話している放送回を聞いていて、思ったのは俳優だという事。

 

彼らはハガキを読むと憑依する。

 

リスナーの文章に合わせて自然と声色や調子を変える。おそらく無意識にそれをやっていると思うが、やはり役者なのだろう。

 

菅田将暉は漫画を大量に読む。その数々の漫画から想起されたイメージが彼の中に演技の引き出しを増やすのではないかと思う。松坂桃李も漫画好きだ。

 

それにしても、である。

 

あの目つき、豹変する表情、魂のこもった熱演。

 

この先、彼はどんな俳優となっていくのか楽しみである。

 

3年B組の話をしておきながら、A組の話をしないのもどうかと思うので、少し触れよう。

 

このドラマは菅田将暉のあてがきである。

 

つまり、彼を主役にしたオリジナルドラマである。

 

学校に爆弾を仕掛け、10日間A組の生徒を人質に取り、いじめで亡くなった生徒を追い込んだ真犯人を菅田将暉演じる柊先生が追求するという設定。

 

恐怖で支配しながら、実は命がけで生徒に授業をするというドラマは、金八はもちろん

 

 

女王の教室 DVD-BOX

女王の教室 DVD-BOX

 
女王の教室スペシャル DVD-BOX

女王の教室スペシャル DVD-BOX

 

 

こちらのドラマでもあった設定。しかも同じ日テレ。

 

そう、A組の先生も形を変えた金八先生である事は見ている人ならお気づきのことだと思う。

 

昨日の放送では、簡単に動画をアップする学生に対して、柊先生が警鐘を鳴らすという内容だった。

 

動画は拡散され、簡単には消せない。しかし、内容によっては他人の人生を簡単に狂わせる。

 

その責任の重さを考えろ、と。

 

これは、偶然にもバカッターと言われる一連の騒ぎに対して苦言を呈する形にもなったため、それに関連するツイートも多く散見された。

 

今さらと言えば今さらな話である。

 

しかし、その今さらな事を分からない世代が簡単に使えてしまうツールが普通にある時代。

 

もし、僕が未成年の時にそれがあったなら、何らかのトラブルに巻き込まれていてもおかしくはない。

 

このブログもしかり。知らず知らずのうちに誰かを傷つけている可能性は考えておくべきだし、それを考慮しながらも書きたいことを書いていく。薄氷を踏む思いというやつだ。

 

LINEがあるから良かったこともあれば、その逆もある。

 

それなりの恩恵を受けておきながら、存在の可否について語っても仕方がない。あるものはあるし、使えるものは使う。

 

ただ、現実は身内の範囲で収まるものが、全く無関係の第三者によって、一部分だけ切り取られ広まっていく。その恐怖を後悔してももう遅い。

 

だから、ドラマやネットの体験談からででも、学ぶしかないのだ。

 

ネットの向こうに人がいることを。

 

これを書いている人間がいることを。

 

読んでいる人間がいることを。

 

言葉の刃を。

 

優しい気持ちがこもった言葉には優しい気持ちを感じ、憎悪の言葉には醜さを感じる。

 

なぜならそれは人が書いているからだ。

 

たとえ仮面をつけて動画に出ていても、品性は分かる。

 

自分が不幸だからといって、誰かを不幸にするのは恥ずべき行為だと僕は思う。

 

そういう気持ちになる事を否定はしないが、それを行動に出すのは違うと思う。

 

その思いが強ければ強いほど、昨日の放送はダイレクトに心に届く名演技だった。

 

思いの外、真剣な内容になってしまったが、僕はせっかくなら笑えるブログが書きたい。

 

とてもくだらないことを真面目に考えるそんなブログをこれからも書いていきたい。

 

何の話だ?

 

(追伸)信じる、信じないゲームのために二回見たら楽しかったw