はずれスライムのつぶやき

どうでもいいことについて適当に考察していきます

星野源という人

星野源という人をよく知らない人に向けて、今日は少しまとめてみようと思う。

 

と言っても、そんなに詳しくはないのだけど。

 

ただ、星野源くも膜下出血という大病に倒れてから、いろいろと考え方が変わったらしい。

 

病室の中でひたすら自分と対峙した結果、自分の内なる声はもういいから他の人の声が聞きたいという思いに駆られ、作った曲がSUN。

 

「君の声を聞かせて」が印象的なサビはみんなの心に響き、大ヒット。

 

そこから現在の国民的スターに至る。

 

そんな源さんもこちらの本によれば、

 

いのちの車窓から

いのちの車窓から

 

 

療養中は誰かの声が聞きたくて、別人になりすましてtwitterをしていたという。

 

生きる気力を失い、頭痛に苛まれるためテレビの発する光さえまともに見れず音だけで過ごす病室。

 

がむしゃらに働き続けた男の孤独。

 

今の彼からは想像もできない。

 

さらに本にはこんな文章が載っている。

 

10代から20代にかけて、いつも「ひとりぼっちだ」と思っていた。そのたびに悲しい気持ちになり、周りにたくさんの人がいたにもかかわらず、心はひねくれた。変な理想を掲げ、現実を見ることができず、幸せを感じないように自分を追い込んでいた。

 

「幸せになってしまったら良い表現はできない」などと、己の人間性や才能に自信がない自分を正当化するための、言い訳にまみれた情けない理論を掲げたりした。嫌う必要のないものを嫌い、好きでもないものを好きと言って、人と違うことをアピールしようとした。

 

幸福でありながらもハングリーな表現ができる人が本物だと思うようになり、自分の心に偽りなく好き嫌いを感じられるようになり、誰かに馬鹿にされたら、「そうですか」と笑いながら、こころの中で普通に傷つくようになった。

 

自分はひとりではない。しかしずっとひとりだ。  

 

誰かが手を差し伸べてくれた時、優しくしてくれた時、助言をくれた時、そばにいてくれた時、ひとりではないと思えた時の記憶だけが増えていくようになった。

 

ラジオ番組のあるメールで彼が答えた事を思い出す。

 

30歳近くまで劣等感に苛まれた彼は、ある時内面を変えようと思った。すると周りに素敵な人が増えた。そしていつしか自分もそう思われる存在になったのではないかという。

 

もしかすると、素敵な人はずっとそばにいて気づかなかったのかもしれない。素敵の電波を受け取るには心の余裕が無いと難しい。

 

果たして僕はそんな電波を出しているのだろうか。そして、すでに出ている周りの電波をちゃんと受信できているのだろうか。

 

星野源はそんなことをふと僕に思い出させてくれる素敵な人なのである。