小学校低学年の作文を読む

 

手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)

手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)

 

 

 

手袋を買いに

手袋を買いに

 

 

今ではすっかり昔の話になってしまったが、どうやらこの名作童話を小学校低学年の自分が読んだらしいのである。

 

らしいというのは、今目の前に当時の自分が書いた作文があるからで、事実としては眼前にあるものの、記憶としてはもうすっかり抜け落ちているため、たぶんおそらく間違いなく筆跡鑑定をしてもそういう結論になるのだろうということである。

 

そこでどんなものかとここに引用というか転載?してみる。もちろんかなり恥ずかしい文章ではあるが、まぁもうほとんど別人のような気持ちなので、不思議な感覚で。誤字脱字もなるべくそのままに。

 

ちなみに( )内は今の自分からの補足である。改行という概念がないせいか、読みづらいため、適度に改行しています。

 

 

手ぶくろを買いに(を読んで)

 

寒い冬が、北方からきて、きつねの親子がやってきて、子どものきつねが外に出て、いたら、雪が一面にふっていて、子どものきつねはその雪がまぶしいほど反しゃして子ぎつねがその反しゃを受けたので、目になにかささった(と)思った。

 

子どものきつねは、また遊んでいて、雪の上にで遊んでいた。子ぎつねはなにもしらないで雪に上を歩いて、いったら、「ドタドタザッー」と(雪が)落ちてきたのでびっくしりした。それからだんだん手がつめたくなった。しもやけができて、つめたいだろうと思った。

 

母さんぎつねが、子ぎつねの手に息をふきかけた。あたたかい手で、つつんだ。母さんぎつねは、「もうすぐ、あたたかくなるよ。雪にさわるとすぐあたたかくなるもんだよ。」と言った。

 

暗い夜がきて、野原とかを、つつんだ。冬のさむい森(に)なにがいるのだろうと思う。雪がふってきてから子ぎつねは、寒いのによく雪の上をがんばって歩るくなぁと思った。

 

母さんぎつねは、子ぎつねのことを思って人間の手を出すんだよといったけど子ぎつねはなぜ人間の手を出さない(と)いけないかと思った。

(注:魔法のようなもので子狐の片手を人間の手にして、人間に怪しまれないようにその片手だけを戸の隙間から出して手袋を買いに町へ行かせるお話)

母ぎつね(は)どれだけおそろしさをし(っ)ているのだろうと思う。

 

でも子ぎつねの方はなにもしらないから、平気だけど、母さんぎつねは町に行くときの後ろすがたを見てだいぶ心配しただろう。

 

でもそんなことをしらない子ぎつねは平気で歩るく。町には店のかん板に電とうがともっていて、子ぎつね(は)それを見ながら一人でこわくないのかなぁーと思った。

 

そして、やっと、見つかったときうれしか(っ)ただろう。その店の戸(を)「トントン」とたたいたときの気持ち(は)どうだっただろう。たぶんぼくだったら人間だから平気だろう。(だって人間だもの)

 

子ぎつね(の)場合いはものすごくこわかっただろうと思った。そして戸が開くと、光が長くのびたので、子ぎつね(は)こうふんして、(注:実際は光にめんくらって間違えた)反たいの手をだしたと思った。

 

その時出した気持ちはどうかなぁーと思いました。手ぶくろをはじめてさわったときは、どういう気持ちかなぁーと思った。

 

道を歩るくと人間の声が聞こえる。子ぎつねはそのとききっと早くほら穴に入ってぬくぬくとした、母さんぎつねのおなかの下でねたいと思っただろう。

 

そして「シーン」とした所でねたいと思っただろう。でも母さんぎつね(の)方(が)ずっと心配しただろう。子ぎつねも早く走ってほらあなの方へまっしぐらに走りたいと思っただろう。

 

そしてほらあなに帰ってから今までのことを話すと、母さんぎつねはびっくりして人間のこと(を)考えていたらやっぱり人間は本当にいいのかなぁーと思っただろう。

 

人間もそのころはきつねの親子のこと(を)思っているだろう。たぶんきつねのように考えたってきつねってい(い)動物だなぁーと思っただろう。

 

今ごろはきつねの親子がぐっすりねむ(っ)ているだろうと思った。人間の母さんのように美しいねむりうた(を)聞かせただろう。

 

そして子ぎつねはその美しい声を聞(き)ねむっただろう。たぶんやすらかにねむっていただろうと思った。

 

→なるほど。ほとんど物語のナレーションである。ところどころで自分の感想を入れつつ、まぁそのまま本を写していった感ありありの作文であった。盗作なのか。意味の通じない文章があるのはご愛嬌。

 

他の作文も女子がどう言ったから、こう言い返したとか、リレーで誰を抜いた、抜かれたとかほとんど実況である。これが自分なのかと思っただろう。助詞が抜けているなぁーと思った。そして大して今も変わっていないなぁーと思った。

 

そして、今日はもう一冊本を紹介しようと思っただろう。

 

 

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

 

 

生きているだけで愛を読んで

 

この本の主人公は、女の人です。過眠、メンヘル、二十五歳という設定です。僕はつい最近まで過眠という病気があることを知りませんでした。

 

メンヘルという言葉もほとんど知りませんでした。だから大変だなぁーと思いました。でも、女の人にはやさしい彼氏がいて、部屋にひきこもっている彼女をそっとしてくれています。

 

でも彼女(は)そっとされることさえ、いらいらしていて、冷たい言葉をいったりして僕はひどいなぁーと思いました。でも大人のことだからよくは分からないなぁーとも思いました。

 

お父さんとお母さんもしょっちゅうけんかするけど、別れると言いながら別れないのでそういうもんなのかなぁーと思いました。

 

そして彼女はめちゃくちゃなことばかりするのに彼氏は何も言わなくてえらいなぁーと思いました。彼氏(は)どれだけ人間のおそろしさをし(っ)ているのだろうと思う。

 

でも彼女も反せいしているみたいなので許してあげてほしいなぁーと思った。

 

彼氏の元の彼女が途中から出てきて、いやがらせをするところはこわいなぁーと思ったけど、彼氏は怖くないみたいでした。(だって元カレだもの)

 

そして元の彼女が無理やりに主人公の女の人(を)バイトさせると、その店の人たちはみんなやさしい人ばかりで、みんな仲がいいからここにいたらいいのにと思っただろう。

 

最後のほうはわりととつぜん話が切れるのはびっくりしたけど、人間ってふくざつだなぁーと思いました。もっと相手のことを考えてあげたら、もっとうまくいくかもしれないけど、あんがいこの二人はこれでいいのかもしれないと思った。

 

映画もやっているみたいだけど、機会があればみたいなぁーと思っただろう。

 

 何かを抱えて生きていく夫婦の話↓

きいろいゾウ

きいろいゾウ

 
きいろいゾウ (小学館文庫)

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