はずれスライムのつぶやき

どうでもいいことについて適当に考察していきます

認知症になってもできること

 

認知症になった私が伝えたいこと

認知症になった私が伝えたいこと

 

 

認知症と言えば、記憶に新しいところでは大山のぶ代さんですね。

 

僕らの世代でドラえもんと言えば、今のドラちゃんの声ではなくてやっぱり大山さんであり、テレビで優しそうな微笑みを浮かべていた表情は忘れられません。

 

今回紹介する本は、50歳で突然アルツハイマー症になった佐藤雅彦さんの体験記。

 

同姓同名のピタゴラスイッチの佐藤さんは別の方です。

 

この本が画期的だと思うのは、認知症になった人からの視点で書かれている事と一人暮らしをしながら、多くの人に向けて認知症になってもできることはまだまだあるし、腫れ物を触るように扱わないで欲しいという事です。

 

佐藤さんは障害者として認定されるまでは、ちょっと記憶力が落ちたなとか疲れてるなと思いながら、ボランティアと仕事をしておられました。

 

でも、これって誰でもそういう風に思いながら日常を過ごしているのではないでしょうか?

 

やがて、自分ではできているつもりでもできない事が増え、SEの技術者であった佐藤さんが、やがて商品の配達人になり、人間関係も悪化する中、配達先に届けたかどうかさえ不安になり、退職するという文章は読んでいても辛いです。

 

それでも、現在も自分が置かれた状況を通じて認知症への偏見を無くすためにボランティアをされるとは、なんという強い精神力でしょう。

 

自分の事より人の事。周りのために何かするという気持ちというのは心うたれるものがあります。

 

時間の概念さえ曖昧になり、文字もうまく書けなくなる恐怖。

 

デジタルツールを通じて日記を取る際は、自分の顔を写真に撮れば、その日の体調や日時の記録も容易であるというような、もし自分が症状に見舞われた場合にどういう風にすれば日常生活を送れるかという具体的な例がたくさん載っています。

 

一度に一つの事しかできないため、会話する時は一人ずつ話して欲しいそうですが、それは何もいたわって欲しいというだけではなくて、

 

そうしてもらえれば、ちゃんと会話できるよという周りへの優しさも感じました。

 

どんな社会にも決まりはあるし、人が二人以上集まればなんらかのルールが生まれます。

 

そして、誰もがいつなってもおかしくないし、介護に回る事も十分あるわけです。

 

以前紹介した 

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

 

 でも、一人の人間として扱われる難しさが書かれていました。

 

読んでみれば、何かしら考えるところはあると思います。

 

 

↓ こちらは「認知症になっても不便ではあるけれども不幸ではありません」というフレーズが印象的なHPです。

www.sato-masahiko.com

 

↓ 残念ながら大山さんの声優としての最後の仕事となったドラえもんとは真逆の異色作品。 

【PS4】ダンガンロンパ1・2 Reload
 

 

 

認知症を世間に広めた作品といえば、やはりコレですね。名作。 

恍惚の人 (新潮文庫)

恍惚の人 (新潮文庫)