はずれスライムのつぶやき

どうでもいいことについて適当に考察していきます

今日の電車

1両目

 

今日も私は電車に乗る。

そしてまた今日も嫌な思いをする事になるのだろう。

いつもと変わらないタイミングで電車がホームに入ってくる。

 

眠い。

 

走行音まで重く響く。

 

ドアが開いた瞬間、さっきまでゴジラ並みの足取りで気だるそうに並んでいた中高年のサラリーマンが猛ダッシュで車両になだれ込む。

 

空いている。

 

十分に空いている。

 

この時刻のこの車両にいつも並び、私はあなたの顔を精確にデッサンする事ができる程に見飽きている顔ぶれなのだ。

きっとほくろの位置や数まで、あなたの奥さんより知っていると思う。

 

なのにだ、いつもいつも短距離選手のように走りこむのはなぜだ。

 

も・ち・ろ・ん私は、悠然と座席に歩み寄り、一呼吸置いて腰を下ろす。

人がゆっくりと近づいてくる。

通勤時間の車両には珍しい。

そして、私の横にどっかりと座った。

 

軽く弾む。

 

私は体操選手ではない。トランポリンなど要らないのだ。

 

ましてやまどろみ状態の私には不快でさえある。

 

こういう人は他人の事など考えないのだろうか。

目を閉じようとしていた視界の端で老人の動きが気になる。

老人は、やにわにタブレット端末を取り出すと、先ほどの緩慢な動作とはうってかわって、ものすごい速さで指を画面に走らす。

 

何をそんなに探しているのだ。

あなたはそんなに時間に追われているのか。

 

確かに時間は限られているだろう。

寿命は平等ではない。

私も明日には永遠に目を閉じる事になるかもしれない。

 

でも、それにしても急ぎすぎてやしないか。

そして、その指の動きがすごく気になる。

 

一定周期で止まる指の動きなら慣れてもくるが、くるんかい、来ないんかい。

 

もしかして、私の気を引こうとパフォーマンスをしているのだろうか。

いや、そもそも老人だというのは嘘で、彼は若者なのかもしれない。

 

特殊メイクを施した学生が何かのどっきり実験を仕掛けていて、私は今まさにクモの巣に捕らえられた虫のようなもので、どこかで誰かがそんな私の滑稽な姿をほくそ笑んでいるとしたらー

 

馬鹿馬鹿しい。

そんな事があるもんか。

なんだ、この文学めいた悪態は。

 

ああ時間がもったいない。

目を閉じよう。

 

こんな時、私は頭の中でいろんな遊びをして気持ちを落ち着かせる。

 

今日は何をして遊ぼうか。

 

よし、交換すると難しくなる熟語遊びにしよう。

 

会議 

議会

 

出発 

発出

 

議論 

論議

 

会社 

社会

 

保留 

留保

 

なんで入れ替えると堅苦しくなるのだろう。不思議だ。

 

昔、何文字かあるアルファベットの羅列がそれぞれ入れ替わってディスプレイに一つの単語が表示される時計を見た事がある。ほとんどは意味を成さないが、見ていると次々と未知の単語が表れて眺めているだけでも脳が刺激されるようで楽しかった。

 

それと似たような感じで、漢字が次々と入れ替わって熟語が表示される時計があると楽しいかもしれない。

 

まぶたに当たる太陽光が陰るにつれて、私はいつしか白河夜船。

 

この朝のまどろみを私は何よりもこよなく愛している。

 

だが、そんな平穏な時間を平気で土足でズカズカと乗り込んでくる奴はいる。

 

私は奴をシャカシャカモンスターと命名している。

 

釈迦ではない。

 

そんな悟りを開いたありがたい人物なら朝の光も後光に見えるのだろうが、非常に残念な事に釈迦は二乗され、騒音はさらに倍掛けされていく。

 

耳が遠いなら仕方がない。

でも、どう見ても君は私より健康に見える。

 

騒音というより爆音に近いそれは周りのあらゆるノイズを遮断し、世捨て人の体でさえある。

そんなに俗世間から離れたいのなら、せめて読経でも流してくれた方が私は納得する。

 

私はお前を遮断したいのだ。

 

なのになぜ君は聞くのか そんなにしてまで

 

果てしなく遠い世界へ行くのなら自分だけにして欲しいものだ。

 

大体、こういう生物に限ってヘッドホンを使っているからやっかいだ。

大きな耳をしたかわいくもないキャラが電車の中で同じ時を過ごす。

 

できる事なら注意したいところだが、果たして公衆道徳の無いそやつに私の言葉が通じるだろうか。

 

シャカシャカに説法。

 

豚に論語

 

犬に真珠

 

もう何がなんだか分からない。

 

大体、なぜに犬なのか豚なのか入れ替えても違和感しか残らない。

 

いかん、いかん、また焦点がぼやけ始めている。

 

虫眼鏡の標準をあいつに合わせ、朝の光で焼き尽くすのだ。まるで蟻をなぶった幼少期のように。

 

冷酷で残忍な衝動が心に湧き上がる。

 

しかし、こんな時の対処法も私はすでに習得済みだ。

 

一見、彼は迷惑な行為を働く無自覚な若者かもしれない。

 

でも、実は彼は今朝、母親とつまらない事で口喧嘩をした。食べたくない物がテーブルに並んでいた、ただそれだけの事で彼は気分を害した。

 

彼は駅へ向かいながら、その事を後悔している。母親が自分のために早起きして作ってくれた弁当の重みを片手に感じ、自らの愚行を省みて、心の中で反芻する自責の念に耐えながら、それを吹き飛ばすような爆音で音楽を聞いている。

 

聴いているのではなく、ただ流しているといった方が正しい。

従って、音楽の意味は全く入って来ない。そもそも音すら楽しんでもいない。

 

彼はかわいそうな人物である。そして、純朴な少年である。

 

そんな彼を私は憎んだ。一瞬でもダークサイドに引き込まれた。

 

私は罪深い人間である、神よ許し給え。

 

ポケットに微笑みを。

 

笑顔は人を落ち着かせる。

 

私は笑う事にした。

 

声を出さずに虚空を見つめ、歯を覗かせる。

 

周りに空間が広がったような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

不意にメロディが鳴り出し、現実に引き戻される。

 

着信音の不快音。

 

なぜだ、なぜなのだ。

 

ここはみんなの広場ではないのか。

 

同じ時を過ごし、銘々が目的地に向かって移動する共有空間。

 

なぜマナーモードにしないのか、そういう人に限って大声で電話と会話を始める。

 

まさか一人芝居ではないだろう。

 

またどっきりか。

 

ダメだ。また意識が削がれていく。

 

こんな時は、どうでもいい言い回しについて考察するのだ。

 

「その本を置いておいてください」と言う。

 

置いておいてください

 

なんだか変ではないか。

 

「君はタバコは吸わないのかね?」

 

「すいません、吸いません」

 

なんて嫌な上司なのだろう。こんなに禁煙が提唱されている世の中で、まるで吸わない方が悪いみたいな言い方だ。

 

「だから嫌われるのよ。パワハラよね」

 

「でも、部長はそれだけじゃないのよ」

 

「何よ、他にも何かあるの?」

 

「セクハラよ。受付の新入社員と不倫してるって、うわさよ」

 

「えーっ、ウソ。どの子、どの子」

 

「ほらちょっと地味な感じの子いるじゃない?」

 

「えっ、あの黒縁メガネのさえない子?」

 

「そうそう、その子よ」

 

「ウソ、信じられない。人って見かけによらないっていうけどホントね」

 

誰だチミたちは。

 

突然私の部屋に入って来ないで頂きたい。

 

今の議題は「置いておいてください」である。

 

どう言えばこの重複音を避けられるのだろう。

 

そう言えば、「ちょうふく」か「じゅうふく」かも気になるではないか。

 

まぁ、それは置いておいて。

 

うーむ。

 

「置いててください」だと少し横柄で、目上の人にはためらわれる。

 

「置いといてください」はもっと失礼だ。

 

「置いてくださいよぉ」媚びてみる。

 

「置かなきゃあ、いかんもんだわぁ」どこの方言か分からないものでごまかしてみる。

 

「もし、あなたがそれを置いてくれたら、私は喜んで右の頬を差し出すだろう」

 

イミフなカオス。

 

こうして今日も私は目的地へと運ばれていく。